ブランドに学ぶ 儲けを生みだすビジネス・コラム

桃太郎のビジネスコラム 117

☆ 音の天使が宿るギター☆

2006.09.19号  


岐阜県・可児市の木曽川に近い丘陵に、ギターを造っている会社がある。ポール・マッカートニー、ボブ・ウェアーや吉田拓郎、桑田佳祐、小室等など国内外の有名ミュージシャン達が、何年待たされても欲しがるアコースティックギターのメーカー・ヤイリギターである。約2000坪の敷地には四棟の工房があり、事務所棟には「高品質より我ら生きる道なし」と大書きされた額が掲げられている。
1960年代には米国の楽器バイヤーが、安いギターを求めて買付に来たこともあり、日本のギターメーカーは大量生産に走り出した。ギターの本場である米国では輸出されたギターが、1ドル 360円の時代に 3ドルで売られていた。米国市場ではマーチンやギブソンが最高級品で、3ドルギターは楽器ではなく、雑貨として売られていた時代であった。
フォークやバンド結成が全盛の時には、100社もあった国内メーカーの多くは、人材も素材もコストにしか過ぎなかった。ギター職人は工場の労働者としか見なさず、素材は切ってきたばかりの木を速乾速成で使い、良質の木を買い貯めて置くこともしなかった。
ギターメーカーの生命線とも言える、職人や素材の財産を蔑ろにしていたビジネスは、市場の競争力などは何も無く、やがてブームが去り、今では9社しか生き残っていない。

ヤイリギターでは、年間 2千万円ほどのギター用木材を購入している。ギターの音の善し悪しは、使用する木の材質で決まると言われており、樹齢数百年の木の一番良いところをだけを使う。表板は北緯 50度のアラスカ、北米、スカンジナビアなどの寒い地方のスプルース、裏板や側板は暖かい赤道付近でとれるマホガニーやローズウッドを使用する。
良い音で長持ちするギターを造るには、長い時間をかけて木材を寝かせ、外来の素材を日本の風土に馴染ませる必要があるという。良い音を響かせようとするには、自然乾燥によって天然樹脂を結晶化させ、繊維を引き締め、ひずみを出し切り、枯らして木の細胞を落ち着かせなければならない。寝かせる期間は短くて5年、本当に良いものは20年もの歳月をかけて乾燥させるため、風通しの良い丘陵地に工房を建設する必要があった。
この木材を積み上げて、風に晒している時から、すでにギター造りが始まっている。さらに、部品として加工された素材は、室温 22度、湿度 50%前後に管理された部屋で保管され、加工と乾燥を繰り返す工程に 3ヶ月から 6ヶ月もの時間を費やしている。
こうして出来上がったギターは、品質調整室で 3ヶ月間保管され、ステレオから流れる大音量のクラシック音楽を聴かせる。ギターに音域の広い様々な音を体感させ、素材の一つ一つの細胞を震えさせることで、ようやく音楽に馴染む完成品となる。このような儀式を済ませることで、ギターに「音の天使が宿る」ようになるという。

ヤイリギターではアマチュア・プロを問わず多くのミュージシャン達と、交流を深めている。彼らの楽器に対する考えや、要望を解決していくことが、自ら製作するギターの品質を向上させていくうえで、最良の情報源となっている。
そのようなミュージシャンの中に、まだ売れ出す前のBEGIN(ビギン)がいた。バブル絶頂の時期にデビュー曲「恋しくて」が大ヒットした沖縄出身のグループである。
彼らの「沖縄の三線(さんしん)のような、多くの人達が気軽に楽しめる楽器」との提案で商品化されたのが「一五一会(いちごいちえ)」であった。普通のギターより弦が二本少ない四本で、コードは左手の人差し指で同じフレットを抑えるだけで簡単に弾ける。人差し指一本で、老若男女の誰でもが簡単に弾けることと、お年寄りのボケ防止や、ポリオの子供のリハビリなどにも用途が拡がり、四本弦の楽器は大ヒットとなった。
発売当初は月産 30本の販売予想で、この程度なら生産工程を崩さずに生産出来ると考えていたが、月に 300本という業界の常識を遙かに越える予約が殺到した。10 5千円という価格設定であったが、より多くのファンに楽しんで貰うために、廉価版の「音来(にらい)」を45千円で発売したところ、さらに大きな反響を呼び月間 400本の生産をしなければ、間に合わないほどの注文が舞い込んだ。
これだけの大量注文で、品質を落とした量産体制をとってしまえば、3ドルギターの二の舞となってしまう。価格に見合った商品価値として出荷するには、どうしても顧客を待たせてしまう。嬉しい悲鳴ではあるが、顧客に対しては辛いお願いとなっている。

ヤイリギターでは職人 30人での生産体制は 30年来変わっていないという。受注生産方式で、納品までに一年以上かけることもよくある。「世界に一つだけのギター」を造るため、顧客には製作途中に工房へ来て貰い、イメージを確認して貰っているという。引渡後は永久保証で、新規の製作よりも修理を優先している。
今年74才になる矢入一男社長は「お客さんに待って頂くことに、気が引けるようではダメ。待って頂くだけの仕事をする」「お客さんに期待されている水準以上に、仕上げなければならない」「マニアやコレクターだけが、買うようなモノは造りたくない。本当にギターを愛する人に満足してもらいたい」などと語っている。
世の中では企業の売上規模だとか、生産台数などが多い事を評価する風潮がある。それとは違う価値基準を、年間売上高約6億円、従業員数35人の小企業が貫き通すことは、なかなかできないことである。
「心ある職人を育てる」「木と人を生かす」という軸を、しっかりと固めていないと世間に流されてしまう。「自分の造る楽器によって、お客様の人生を輝かせたいという思いを持てるかどうか。それが本望だと思えたときに、本当の価値を生み出せるようになる」このような矢入社長の哲学が、「音の天使が宿る、世界で一つだけのギター」を多くのファンに届けている。




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