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桃太郎のビジネスコラム 171

☆ 有形文化財の宿☆

2007.10.09号  


石川県・加賀温泉郷の一つ、山代温泉は1300年前の奈良時代に、僧行基によって開湯されたと伝えられている。大聖寺藩が藩政を司る初期の頃には、召し抱えの管理人を常駐させていたらしい。管理人は近隣の温泉宿の目配り役を、兼ねることも職務の一つだったと云われる。このことから当時は既に温泉で、商いをする宿が何軒かあったと推測される。
現在の温泉旅館「白銀屋」が開業したのも、このような時代であった。
寛永元年(1624年)に福井県から移り住み、「豆腐屋」の屋号を掲げて豆腐の商いをしていた。そこへ温泉を引き奥座敷に客を泊めるようになり、まもなく旅館専業になった。
藩政末期の地図が現存し、共同浴場を囲んで18の宿が書かれている。そのなかに「豆腐屋伊兵衛」の名があり、時期は定かではないが、その後に屋号を変えたようである。
創業期から幾度の改築を経たのかは不明であるが、本館として残るのは文政年間(1818〜30年)の建築とされる。約180年を経た現在は、国の有形文化財に指定され、宿泊可能な旅館建築では日本最古とされている。

本館外観の町屋造りのたたずまいが、温泉旅情と溶け合っており、建築の特徴である格子や壁を彩る紅殻の赤は、色褪せても繊細で美しい風情を漂わせている。
かつて家人向けの茶の間だった吹き抜けにフロントが置かれ、格子状に組まれた天然木の梁構造が、文化財に相応しい重厚さと、当時の建築術を偲ばせている。
本館奥には日本庭園を挟んで茶室がある。これは藩政中期に建てられ、本館よりも古い建築と伝えられている。この庭園には、長い歳月の積み重ねを物語るように、樹齢二百年を超える大樹が鎮座する。この茶室と本館をつなぐ渡り廊下も、1998年に外観保存を主目的とする有形文化財となっている。
茶室と向かい合った明治時期の建て増し部分は、和室の贅を讃えた特別室になっている。陶芸家の北大路魯山人は大正初期に訪れて以来、この地の人々と晩年まで親交を続けた。白銀屋の先々代とも親しくしており、この特別室が大のお気に入りだったという。逗留した際に彫った看板や部屋が当時のまま残っている。ギヤラリーと呼ばれるスペースには、魯山人作の器や書簡、山下清の絵なども飾られている。
白銀屋の布団部屋は普通の旅館のように、予備の寝具を置くのではなく、得意客それぞれ専用の夜具を保管する大切な部屋であった。平成の時代になり、本館脇に7階建ての新館ができた。この時、周囲の人達からは本館も取り壊して、高層化を勧める話もあった。
正木貫一社長は頑として受け付けず、歴史的建造物である本館の存続に拘ったと云う。また、本館を宿泊客以外にも開放し、「日本らしい暮らしが失われていく現在、和の暮らしの美を、この建物を通して多くの人達に発見して貰いたい」と、話していた。

このような頑固なまでの実直さが災いしたのか、2004年に経営が破綻し、民事再生手続きの開始決定を受けた。白銀屋の財産については、破産宣告を受けた正木貫一前社長が個人で温泉権を所有していたため、旅館分と前社長分で別々の管財人が就いていた。両管財人は旅館と温泉権を一括譲渡する方向で進めていたが、地元の山代鉱泉宿営業組合は温泉権の譲渡に難色を示した。整理回収機構は民事再生手続きの申請時に、特定の債権者による経営関与があったことに不信を強めていた。
これに経営者側が反発。一方、営業譲渡先となる企業は、旅館経営権と温泉権が不明確なため及び腰となり、債権者協議は暗礁に乗り上げてしまった。
民事再生法では協議の決議に付する再生計画案の、作成見込みがなければ手続き廃止となる。2005年になり白銀屋は民事再生手続きを取りやめ、営業譲渡の方針を変えずに破産手続きに移行した。譲渡交渉については、リゾート施設の再生を手がける星野リゾートに売却する方向で進められた。
星野リゾートは1904年に軽井沢でリゾート開発に着手して以来、2003年に創業100周年を迎えたリゾート開発の老舗である。
顧客満足・収益力・エコロジカルな運営という、三つの要素を同時達成出来るリゾート運営を経営方針とする会社である。地元の軽井沢では戦後に、開業した温泉旅館で芸術自由教育講習会などを通じ、多くの文化人が常宿した。1937年には所有地が野鳥保護区に認定され、バード・ウォッチングのメッカとなり、後に野鳥研究室を設立してエコツーリズムに本格参入した。1965年には軽井沢高原教会を改装し、リゾート・ウェディングの草分けとして注目を集めたこともある。

星野リゾートは2001年以降、リゾート再生事業にも取り組んでいる。デザイナーズ・ホテルとして名高い山梨県の「リゾナーレ小渕沢」や、東北最大級のスケールを持つ福島県の「アルツ磐梯リゾート」、北海道の大自然と融合した広大なリゾート「アルファリゾート・トマム」などを再生している。
白銀屋は再生のシンボルとして新館をリニューアルした。有形文化財の本館とあわせ、現代に生きる加賀伝統の趣が堪能できる。駅に着くと迎えの車が手配され、宿に着くと有形文化財の茶室で抹茶のサービスで迎えてくれる。加賀の素材を活かした料理は、魯山人の美食意識を受け継いだ味付けで提供され、寛ぎの温泉は1300年の歴史を誇る、由緒ある総湯から引かれている。温泉は露天付きと古代檜の湯船で、24時間かけ流しで満喫する事ができる。
再生なった白銀屋までのアクセスは、東京から新幹線ひかりで米原駅、特急しらさぎを乗り継いで加賀温泉まで3時間40分、白銀屋までタクシーで10分である。
飛行機の場合は、羽田から小松空港まで約1時間、タクシーで25分の距離である。




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