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桃太郎のビジネスコラム 180

☆ 育てる漁業☆

2007.12.11号  


あと一ヶ月足らずで新年を迎えることになる。お正月にはどこの家庭の食卓にもお刺身がならぶ。祝い事に使われるタイやエビ、旬の寒ブリやサーモンなどお刺身には多くの魚が使われるが、その主役は何と言ってもマグロであろう。東京・築地の中央卸売市場ではアイルランドや南アフリカなど、世界中から水揚げされたマグロが並ぶ。しかし、人気の高いクロマグロ(ホンマグロ)や、ミナミマグロ(インドマグロ)の天然物は、築地での入荷量は年々減り、値段も高騰しているという。原因は原油の高騰と乱獲による高級マグロの減少、今年から始まった漁獲枠の大幅削減にある。
最近の日経記事においても、欧州連合(EU)は地中海や東大西洋でのクロマグロ漁獲を、今年末まで禁止する処置を加盟国に通達した(920日報道)。翌週にはEU欧州委員会は伊・仏などの加盟 7ヶ国に対する法的手続きを開始したと報道。各国は欧州委員会への漁獲量報告が、義務づけた法令に違反した疑いを持たれている。EUでは乱獲や密漁に直面するクロマグロの資源管理を厳格化しており、法的処置を通じて加盟国に漁獲規制の順守を迫る方針だ。
11月になって、米政府は地中海と東大西洋で3〜5年間、クロマグロの漁獲を停止するモラトリアムを提案すると発表した。クロマグロへの需要は世界的に急伸し、資源の確保には漁獲枠の設定など、従来の手法では不十分と判断した。欧州や日本、北アフリカの諸国が反発するのは必至だが、マグロ魚への新たな逆風となるのは避けられない。

国際的な資源管理機関の「ミナミマグロ保存委員会(CCSBT)」は昨年秋、インド洋などでのミナミマグロの日本漁獲枠6065トンを、5年間3000トンに半減する決定を行った。他国と比べて懲罰的ともいえる削減量である。この決定の根拠と云われるのが、「日本は漁獲枠の2倍のマグロを獲っていた」とする、非公開報告書である。03年〜05年分の漁獲量を専門家が調査して、昨年7月にCCSBTへ報告した資料によると、03年には1
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トンも漁獲枠を超えていたといわれる。
国内では輸入されるマグロの量が減ってきて、一昨年と比べて3〜5割も高騰している。
直接のきっかけは、輸入の 3割を占める台湾で、マグロ漁船が減船されたことだ。マグロの乱獲を防ぎ、資源を保護するために 5つ以上の国際会議がある。この会議で条約・協定が結ばれ、海域毎に漁業管理機関が加盟国や地域に対し、漁船数や漁獲量に許可枠を設定していた。これまで台湾は漁船を非加盟国籍にしたり、漁獲量を偽るなどの不正な漁獲を続けていたという。その報復として減船を余儀なくされた。
この底流にあるのがマグロマーケットの世界的な拡がりがある。台湾・中国・アメリカ・ヨーロッパ諸国などが、食文化の変化でマグロを好んで食べるようになり、世界的なマグロ争奪戦が繰り広げられるようになった。日本の水産会社や商社が水揚げ地で、価格高騰のため買うことが出来ない「買い負け」という現象が起き、調達出来ない事例が頻発しているという。日本はマグロの消費国として世界で飛び抜けた存在であったが、世界的なヘルシー嗜好の増加と、寿司や刺身などの日本料理の国際的普及、BSE問題、鳥インフルエンザの影響等が重なり、世界的に需要が急拡大している。また、原油価格の急騰で操業経費も急上昇していることが、価格高騰に拍車をかけている。

日本の食卓では「魚離れ」が急速に進んでいると云われる。国内の需要が減少しているのに、流通価格が上昇しているのは、円安や国際的な魚の争奪戦で、輸入価格が上昇していることに加え、穀物や原油などの商品市況の高騰も背景にある。
日本は魚介類の6割弱を輸入に頼っており、06年の「魚介類及び調理製品」の輸入金額は
1 5800億円の上っている。エビが 2473億円で最も多く、次いでマグロの 2342億円、
サケ・マス類の 1205億円、カニの 675億円と続いている。養殖池に放たれるシラスウナ
ギも、25%が台湾からの輸入である。地域別輸入量ではアジアから55.1%を占めており、北米からも12.7%の輸入をしている。
こうしたことから、魚の養殖事業が脚光を浴びているのだが、水産庁は 7月に巻き網船による沿岸でのクロマグロ幼魚の漁獲を、当分の間自粛するように漁業団体に要請した。現在、日本近海を含む太平洋では、クロマグロの漁獲規制はない。養殖用幼魚の漁獲ラッシュが起きつつあるため、資源保護に乗り出した。北欧や南米では養殖用の稚魚や、抱卵した親魚を捕獲するため、食用成魚の漁獲量減少に拍車を掛けている現象も起きている。
また、地球温暖化現象で海流の変化がおき、マグロなどの大型魚の餌となるイワシなどの、小魚の生態系にも異変が起きており、旧来の漁獲手法にも変化が求められている。
こうした中で近畿大学水産研究所・大島実験場は、02年にマグロの完全養殖に成功し一躍話題となったが、その後数年間の試行錯誤が続いていた。今年になって 7月に人工孵化した親魚から生まれた完全養殖クロマグロの産卵・孵化に初めて成功したと発表した。完全養殖 2代目マグロの誕生で、量産化への一歩を踏み出した。

日本水産が国内外で養殖事業を急拡大している。少子高齢化で水産物消費の縮小が続く中で、世界的な漁食ブームや水産資源保護の高まりなどで、品質の高い魚の安定的な確保が求められていることが背景にある。
日本水産ではマグロ・サーモン・ブリ・エビ・ウナギの5魚種を養殖している。日本の養殖技術は最先端のノルウェーに比べると、かなり遅れていると云われているが、日本水産では巻き返しに、社運を賭ける意気込みで取り組んでいる。
チリで養殖するアトランティックサーモンは 2010年をめどに、現在の年間 8000トンから
2 万トンに引き上げ、主に欧米市場へ振り向ける計画でいる。日本人好みのギンザケやト
ラウトサケについても、出荷を現状の2割増にする方針である。チリでは88年から養殖事業を始め、日本水産の養殖事業発祥の地でもあるため、会社として取り組む姿勢も尋常ではない。病気に強く肉質の良い親魚を選別して採卵し、自社生産した餌を使って育てている。産卵期をずらすことで、年間10ヶ月は水揚げ可能なシステムを作り上げた。
宮崎県沖で養殖しているブリについても、寿司ネタや刺身用に米国へ試験的に輸出を始めている。インドネシアのエビ、中国のウナギなども順調に展開している。
現在の養殖餌は魚粉や魚油で、天然の魚に頼らざるを得ない。漁獲量の減少や中国の需要拡大などで、南米の魚粉・魚油原料の価格は 5割以上も値上がりしている。環境保護問題もあり、餌の「脱サカナ」化も迫られている。また、養殖事業は水温の比較的高い地域での事業となるが、このような地域では台風などの天候にも左右されやすい。国内で養殖事業を効率よく展開するには、規模の拡大も必要だが、養殖に必要な海面利用権は地元の漁業関係者が保有しており、大手企業の参入を好まない傾向もある。養殖を取り巻く環境も容易ではないが、日本の伝統的な「サカナ好き」民族の食文化を維持する為にも内外の期待は大きい。
日本水産では水産事業と水産物加工事業が全てと言っても過言でない事業構造となっている。長年の課題として取り組んでいるマグロ養殖事業は、鹿児島県沖で展開しているが、
魚種によって養魚ノウハウが異なるため、まだ収益の段階には至っていない。前述のようにマグロ資源の需給が逼迫して、巨大マーケットも視野に入ってきており、養殖事業による量産化が緊急の課題となっている。昨年から始まった 6カ年計画では、養殖事業を現在の 200億円から 500億円に拡大する計画を掲げており、「育てる漁業」を成長戦略の柱として、企業の命運を賭けている。




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