ブランドに学ぶ 儲けを生みだすビジネス・コラム

桃太郎のビジネスコラム 196

☆ クリスタルの森☆

2008.04.09号  


オーストリアのクリスタルメーカーである「スワロフスキー」の、旗艦店が3月9日にオープンした。スワロフスキーにとっては、世界初で最大規模の店舗である。ブランド・ストリートとも呼ばれる並木通り沿いの銀座8丁目である。「銀貨の鋳造所」という意味合いからつけられた「銀座」という場所は、江戸時代に貨幣鋳造所が操業していた地区であった。お金の生まれる場所は、情報が集まり、経済も発展する場所でもある。現在でも東京・銀座は、世界で最も変化が速く、情報が満ちあふれ、高級ブランドや老舗が建ち並び、時代の最先端を行く場所でもある。
オープニング・セレモニーには、スワロフスキー社の創業者の曾孫であり、コンシュマー・グッズの総責任者ロバート・ブッフバウアーが、これに合わせて来日し、セレモニーではテープカットをおこなった。
2フロアーで構成されるショップの総面積は約450で、デザイナーの吉岡徳仁がファサードやインテリアを担当した。世界のスワロフスキーの全店舗で、将来的に採用予定である「クリスタル・フォレスト」をテーマに据えた。店外に設置した高さ8叩幅9辰痢▲好繊璽襦Ε廛螢坤狎修離Εンドー・ファサードが、壁面レリーフの役割を果たし、外部からの動きや、反射光を取り込むことで「光と空間」を演出している。デザイナー自らが「店内に一歩足を踏み入れた瞬間から、小さなクリスタルの動物や、宝石がちりばめられた森の中に居る」感覚を味わえる空間だと云う。

スワロフスキー・グループの創始者ダニエル・スワロフスクーは、当時のオーストリア・ハンガリー帝国で、クリスタル・カットをする職人の息子として生まれた。ダニエルも父の後を継ぎガラスの研磨職人として成長していった。1895年にはオーストリア・チロル地方の、ワッテンスに工場を建て、スワロフスキー社のスタートとなった。創業から第一次世界大戦の頃までは、ガラス研磨を主な生業としていた。その後にクリスタル・カットの精密機械を発明し、それまでは熟練した職人にしか出来なかった精巧で、正確なカットが誰にでも出来るようになり、量産することが可能となった。第二次世界大戦の頃には、宝飾クリスタルを生産し、次第に世界でも認められるようになった。
現在では、クリスタル素材を扱うコンポーネント事業部と、クリスタル製品の製造販売を行うコンシュマー・グッズ事業部がある。今回オープンした旗艦店は、近年二桁の成長を続けるコンシュマー・グッズ事業部の傘下にあるスワロフスキー・ジャパンがハンドリングしている。総責任者ロバート・ブッフバウアーは「日本は当社の戦略における最も重要なマーケットである。銀座はアジアを始めとする世界の旅行者が多く訪れ、世界を代表して披露する街であり、モデルにもなる街である」と語っている。

1935年、天体観測や自然観察に興味を持っていた息子のウィルヘルムが、自分で使うための双眼鏡を造った。プリズムを始めとする部品は、すべて手作りであった。やがて、ウィルヘルムはスワロフスキー社のなかで、双眼鏡造りに没頭するようになった。49年になり、近くのアブサムに光学製品の専門工場を建て、「スワロフスキー・オプティック社」としてスタートした。しかし、創業時は双眼鏡レンズではなく、眼鏡レンズの生産だった。
ウィルヘルムは企業が成功する最も重要なファクターは、従業員の教育と技術の習得であると考え。45年には光学・ガラス・金属加工の訓練学校を創立していた。57年には工場の近くに校舎を建設し、現在ではオーストリア各地の若者達が訓練を受けている。訓練生達は「職人の技術は名誉である」をモットーとしたウィルヘルムの意志を受け継いでいる。
49年から00年迄の間に合計294名の光学・精密加工の訓練生が卒業し、その多くがマイスターや管理職として活躍している。スワロフスキー・オプティック社は、このような面でも大きな社会貢献を果たしている。
80年代後半から、それまで生産していた眼鏡レンズや軍用製品から徐々に撤退し、一般の光学製品に生産を集中した。そして、双眼鏡・望遠鏡・電子光学製品・ライフスコープ・精密光学製品などを一貫生産する世界唯一の光学製品メーカーとなった。
90年以降の売上高は2倍に伸長している。販売力だけでなく、長い間に培われた高い独創性が、大きく貢献している。創業者ウィルヘルム・スワロフスキーが、創業時に掲げた理想を一つずつ着実に実現している。
現在の4代目社長のゲアハルト・スワロフスキーは、スワロフスキー・オブティック社をグローバル企業に発展させた功労者である。アメリカ・フランス・イギリス・ベルネックス・スイス・イタリア・オーストリアに子会社を持ち、日本を含めたアジア・ヨーロッパ・アフリカ・オーストラリアに30社以上の販売店を持っている。

スワロフスキー社は創業以来110年以上が経ち、現在では世界で1万3000人の社員を有し、35ヶ国に子会社を持つ大企業に成長した。スワロフスキーのカット・ガラスは、シャンデンアなどの照明器具、インテリアとしての利用にも大きな評価を得ている。クリスタルガラス・モチーフとしてベルサイユ宮殿や、カーネギーホールなどにも利用されているのは国際的にも有名である。服飾用やアクセサリー用の素材としても大変な人気があり、多くの女性著名人達の胸元を飾っている。皇太子妃殿下雅子様をはじめ、ロイヤルファミリーの方々の胸元にも、輝いている姿をお見受けする。
そして、なんと言っても最近の大ヒット、ビーズ・ブーム最大の功労者が「スワロフスキー・ビーズ」である。もし、スワロフスキーがビーズを販売していなかったら、ビーズ・アクセサリーが女性達を、これほどまでに惹き付けることは無かったと云われる。アメリカで始まったビーズ・ブームが、ヨーロッパで拡がり、日本で大ブレイクしている。
日本女性は元々手先が器用で針仕事を得意としており、生活に余裕が出てくるとともに、手芸として楽しむようになった。そんな折、昔であれば一部の上流社会の人達だけの、楽しみであったアクセサリーが、手頃な価格で手作りができ、ちょっとした贅沢が手軽に楽しめるとあって、一大ブームとなった。
スワロフスキーには残念ながら、本物の宝石が持つ輝きや重みには及ばない。しかし、本物の宝石が持つ重苦しい雰囲気から、解放された軽い楽しさも女性にとっては心地よいオシャレなのだ。そして、デザインのバリエーションが幅広く、色の組み合わせも自由で、自分好みのオリジナル・アクセサリーを楽しめることが、女性の心を惹き付けている。
銀座に旗艦店がオープンしたこともあり、スワロフスキーの快進撃は続きそうである。




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