ブランドに学ぶ 儲けを生みだすビジネス・コラム

桃太郎のビジネスコラム 258

☆ 値上げでも売れるシチュー☆

2009.06.24号  

 内閣府は今年1月に、前回の景気拡大時期を2002年2月から2007年10月までの5年9ヶ月と認定した。その後の国内景気は下降線をたどり、昨年9月のリーマンショックで、消費の不振は決定的となった。その間に原油や小麦の高騰などで、食パンなどの食品が相次いで値上げされ、消費者の多くは低価格品の購入に走った。
ハウス食品も2007年11月に、「北海道シチュー」などのシチュールーの、卸価格を約10%値上げした。その後は食品スーパーなどで、ライバルメーカーの競合商品より、高い実売価格となっているが、逆に売上を増やしている。カレールーやシチュールーは成熟化した汎用商品として扱われ、食品スーパーなどでは特売の対象にされてきた商品である。シチュールーは季節商品として売られている側面があり、販売量は秋から増え始め、冬にピークを迎える。今までのセールスポイントは「冬の寒い日には、家族揃ってシチューを食べて、身体を温め団欒の食卓を囲みましょう」であった。ハウス食品では、これに代わるセールストークとして「子供に多くの野菜を、食べて貰いましょう」と、成熟した商品の埋もれた価値の訴求を打ち出した。値上げ以前とシチュールーの中身が変わったわけではない。同じ商品であっても、商品の新たな価値を見つけ出し、消費者に訴えることで、景気の逆風をものともせず、売上を伸ばしている。卸価格の値上げに踏み切った2007年秋から2008年の冬にかけての、販売実績は前年同期比で増収増益に推移。値上げ2シーズン目の昨年秋からも、増収増益を確保している。

 ハウス食品では通称・野菜ソムリエで知られる民間資格、ベジタブル&フルーツマイスターを認定している日本ベジタブル&フルーツマイスター協会の協力を得ており、テレビCMでも野菜ソムリエの資格を、取得しているタレントの西田ひかるを起用。CMではカボチャや白菜を丸ごと一個、シチューに煮込んで食べられることなど、多くの野菜を摂取できることをアピール。商品パッケージでも裏面に、「野菜ソムリエのおすすめ」として、カボチャを材料に使ったレシピを掲載。PRの仕方も工夫を凝らしている。食品スーパーなどの小売店の店頭でも、野菜ソムリエの資格を持った人が、カボチャや白菜を使ったシチューを作り、消費者に試食してもらうPRも実施。これらの販売促進活動が消費者に浸透してゆき、シチュールーの売上を押し上げていった。さらに、現在では子供を持つ母親の大部分が、インターネットを利用している。そこでインターネットを利用した消費者調査も実施。消費者に家族で食卓を囲んでシチューを食べている絵を見て貰い、自由に意見を書いて貰う。その中から頻繁に出てくる言葉を抽出して、それまで把握できていなかったシチュールーの、埋もれた価値を見つけ出した。

 食料自給率とは国内の食料消費が、国内の農業生産でどの程度賄えているかを示す指標である。食料自給率には3通りの計算方法がある。国内の生産量や輸入量など、食料の重さを用いて計算した自給率の値を「重量ベース自給率」という。食料の重さは米・野菜・肉・魚など、どれをとっても重さが異なっている。重さが異なる全ての食料を、足し合わせて計算するよりも、その食料に含まれるカロリーを用いて計算した方が、消費の実態に即していると考えられる。例えば畜産物の場合には、家畜の飼料にも自給率を掛けて計算される。このような自給率の値を「カロリーベース総合食料自給率」という。日本のカロリーベース総合食料自給率の最新値(平成19年度概算)は40%となっている。カロリーの代わりに価格を用いて計算した自給率の値を「生産額ベース総合食料自給率」という。
比較的低カロリーであるものの、健康を維持増進するうえで、重要な役割を果たす野菜や果物などの生産等が、より的確に反映されるという特徴がある。因みに、日本の生産額ベース総合食料自給率の最新値(平成19年度概算)は66%となっている。日本の食料自給率の、通常使われるカロリーベース値は40%で、先進国では最低水準となっている。しかし、お米は99%、輸入飼料を加味した肉などの畜産物は66%、魚介類は62%、そして野菜は77%と、比較的高い自給率を持つ食材がある。そんな食材を使い、子供からお年寄りまで人気があり、67%という高い食料自給率を誇るメニューがある。野菜・シーフード・ポーク・ビーフといったカレーライスである。親子で作る料理やキャンプメニューの定番でもあり、家族の団欒の食卓で子供達が、たくさんの野菜を喜んで食べる魔法のメニュー。「食育」にも効果があり、地域の食材を使う「地産地消」にもつながる。今やカレーライスは国民食と云えるくらいだ。因みに、カレーライスよりも日本的だと思われる天ぷらそばは、自給率0%の醤油、5%のエビ、10%の卵、14%の小麦粉、23%のそばと、殆どが輸入品頼みのため、メニューとしての自給率は僅か20%である。政府は自給率を2015年までに、45%に高める目標を掲げた。最初に取り上げた料理が、季節柄もあり鍋物だった。いろいろな鍋のレシピを作成するなど、自給率の高い野菜の消費量を増やすキャンペーンを展開。4月から農水省の担当者は、冬の鍋シーズンに続く仕掛けとして、カレー・アクション・ニッポンをスタートさせた。これには若手人気プロゴルファーの石川遼を起用し、春野菜カレーや夏野菜カレーのキャンペーンを展開。昨年秋から始まった自給率を向上させる国民運動「フード・アクション・ニッポン」活動の一環だ。国産の野菜や肉でカレーを作って食べる家庭が増えれば、自給率も上がる。ハウス食品がこのような背景の中で、カレーの具材と同じ肉・タマネギ・ニンジンなどの具材を使うシチューに着目したのは、タイムリーな経営戦略だったと云えるだろう。

 ハウス食品がインターネット調査で、見つけ出した一つが「子供が喜んで野菜を食べてくれる」という価値だった。このように調査から見つけ出した価値から、「野菜たっぷりのバランスシチュー」「親子でクッキング」などのセールスポイントを決定し、店頭での販売促進に結びつけた。その結果は、通常の2倍の売上達成となり、特売を行った時と同程度の実績になったことから、売上達成=特売=値引き=利益減の悪循環から脱却。
現在の経営戦略の一つに、野菜を美味しく食べるコツを、消費者に浸透させることを目的とした5ヶ年計画の策定がある。その最初の2年間で野菜を美味しく食べられるメニューとしての、シチューが想定以上に消費者へ広まったと受け止めている。さらに、最終年度にあたる2011年には、健康メニューとしてのシチューが定着することを目指している。
商品にしても小売店にしても、持てる価値が全て顕在化していることは殆ど無い。消費者に伝わらない潜在化した価値が必ずある。それを見つけ出して訴求すれば、成熟した汎用商品も、必ず新たな注目を得る。因って売上や利益を伸ばす可能性を秘めている。
ハウス食品のシチュールーの成功は、これを改めて実証したのである。


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