ブランドに学ぶ 儲けを生みだすビジネス・コラム

桃太郎のビジネスコラム 323

☆ キャラクター・ビジネス☆

2010.09.29号  

 キャラクターグッズはいわゆるブランド品と同じような趣味趣向の商品である。ブランド商品ほどは高額ではないが、ノンキャラクターの商品よりは若干高い価格設定となっている。しかし、比較的身近な実用品としてあるので、ひとたび人気が集まると普及の速度も比較的速く、商品戦略が功を奏すれば商品寿命も長く保つことができ、企業経営に大きなメリットがうまれる。ミッキーマウスなどは子供の衣服から、文具用品や玩具など様々な商品に付いている。これらのキャラクターを使用するには、版権元であるライセンサーから使用許諾を得て、その使用料をロイヤリティー(ライセンス料)として支払う仕組みになっている。一般にキャラクターの使用は製品の商品化と、販売促進広告のために利用されることが多い。商品化とは衣料品や食品、玩具や文具などの様々な商品にキャラクターを付けたり、あるいはその形を模して商品を作ったりすることを言う。これがキャラクターグッズである。このキャラクターを企業が使用する場合、その使用品の希望小売価格に対して一定料率のロイヤリティーを支払う契約となり、相場としては約3%から6%と云われている。販売促進広告の場合は、キャラクターを使ってCMやポスター・チラシ、プレミアムグッズを製作してキャンペーンなどを行うものである。基本的には生身のアイドルタレントと同じような契約となる。単に商品にキャラクターを付けるだけなのか、企業全体のイメージキャラクターとして使用するのか、使用範囲によって契約金額の設定が全く異なる。ライセンサーが使用許諾を与える場合、基本的には一業種1社であるため、契約金には使用料だけでなく独占権の意味も含まれることになる。また販売促進のために、そのキャラクターでプレミアムグッズを製作して顧客に無償配布する場合には、契約金とは別途にプレミアムロイヤリティーを支払う仕組みになっている。

 サンリオのハローキティが生まれたのは1974年で、以後は数々の商品を通してロングセラーを続けている。キティが誕生した当初は、全く同じ表情のデザインで、顔は何時も正面を向いていた。これがある女子高生からの一通の手紙によって変身が始まった。その手紙には「自分はキティちゃんが大好きだけれど、子供向けのものばかりなので恥ずかしい思いをしている。自分の年齢にあった商品も作って欲しい」とのことだった。この投書が転換期となり、新しい商品ジャンルが次々と誕生することになる。定番商品に加え地域限定商品のようなプロモーション商品も展開。他人と違った物を持ちたいとのニーズも強くなり、デザインの変更サイクルは短くなっていった。1990年代に入ると民族・階級・地方・時代などの風俗を表す服装を取り入れたり、リボンをハイビスカスに変えたり、看護婦スタイルのナースキティがシリーズ化された。1997年にはアイドル歌手の華原朋美が、テレビ番組でキティちゃんを愛用していると公言。前後して他のタレント達も同様のコメントをしたため、芸能人ご愛用のキャラクターとして女子中高生の間で一気に広まった。女子中高生たちは物事を論理よりも感性で捉える傾向があり、それを友達の輪を通した情報網に乗せて口コミで広げていった。ライセンシーサイドがどのような戦略をたてて宣伝しても、彼女たちの感性に受け入れられなければ、マーケットでは敗者となってしまう。顧客層を広げていくことが課題であったサンリオは、ブームの火付け役だった女子中高生から主婦層へ、そして主婦層から逆流してその子供達へとターゲットを拡大することに成功。キティほど消費者に浸透しているキャラクターでも、同一デザインで何年もロングセラーを続けることは不可能である。時代の空気を反映させて変化し続けることが、キティの強さを支えている。現在では海外においてもブームが起きるほど受け入れられている。

 今月17日の報知新聞によると、ドイツの老舗ぬいぐるみメーカーのシュタイフ(既号46.シュタイフのテディ・ベア)が、サンリオと提携して人気キャラクターであるハローキティのぬいぐるみを11月1日に販売すると発表。価格は3万8000円。今年の西暦年に合わせて世界で2010体、そのうち日本で750体が限定販売される。品質には強いこだわりを持ちほぼ手作業で作られおり、日本のキティファンには話題を呼びそうである。シュタイフはテディ・ベアなどで知られるぬいぐるみメーカーで、日独交流150周年の一環として企画された。ぬいぐるみは全長26僂如∩悩爐砲魯▲鵐乾藥獲咾量咾鮖箸辰討い襦これに全長11僂離謄妊・ベアもつくという。また、この日シュタイフは新千歳空港(北海道)に2000体以上の、動物のぬいぐるみを集めた施設を、来年6月上旬に開業することを公表した。高さ2メートルを超える象のぬいぐるみに乗ったり、動物が音楽に合わせて動いたりするのを楽しめる施設になるという。

 辻信太郎は山梨県庁を退職したあと、1960年8月10日にサンリオの前身である山梨シルクセンターを中央区日本橋に資本金100万円で設立。1973年にサンリオに社名変更された。設立当初は絹織物や葡萄酒の販売を手掛けていたが、2年後にゴム草履に花模様をつけて売り出すことを思いつく。当時は実用品に飾り物をつけて売るなどという発想は無い時代で、この草履は大ヒットとなり、わずか数人の小企業が1500万円もの年商を上げた。辻は商品にきれいで可愛いイラストを付けることで、売り上げが大きく伸びることを実感し、キャラクター商品の開発に乗り出す。当初は水森亜土や、やなせたかし等のイラストレーターや漫画家にデザインを依頼していたが、やがて自社が著作権を持つキャラクターの開発に注力する。そしてオリジナルキャラクターの第一号となる果物の、イチゴをモチーフしたデザインを発表。これをハンカチやコップ、学用品に載せたことで子供達の間で一大ブームを巻き起こす。爆発的人気を得たことで、1965年の年商は1億4000万円に急拡大。これらの商品がヒットしたことで、著作権がビジネスを成功させる鍵になることを確信した。著作権は世界中の国々に登録することになることから、世界に通用する社名に変更する必要が生じた。ウェッブサイトにもあるように、サンリオの公式な説明によるとスペイン語で「聖なる河 San Rio」に由来するとあるが、出版されている本や雑誌等には諸説流されている。しかし、最も信頼性の高い説は、辻の出身地である山梨県の王になるとの意気込みから、「山梨王」からサン・リ・オウとなり、サンリオと名付けたと云われる。現在のサンリオはハローキティに代表されるファンシーキャラクターグッズが主力で、自社開発のキャラクターは400種を超える。「キタキツネ物語」「シリウスの伝説」などの映画事業。サンリオ文庫などの出版事業。サンリオピューロランド(東京都)やハーモニーランド(大分県)のテーマパーク事業。クリスマスや誕生日などの記念日に、メッセージを書いて送るグリーティングカード事業。埼玉県などの一部地域ではケンタッキーフライドチキンのフランチャイズ店を手掛けるなど多岐に亘る事業を展開。グリーティングカード事業は国内最大手で、この事業では2002年にウォルト・ディズニー・カンパニーと事業提携している。



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