ブランドに学ぶ 儲けを生みだすビジネス・コラム

桃太郎のビジネスコラム 33

☆ ニッサンの再生☆

2005.01.18号  

 日産自動車の 2004年9月中間連結決算は売上高、経常利益ともに過去最高を更新した。
売上高は前年同期比 12.7%増の 4兆79億円、経常利益は同 2.8%増の 4013億円となった。
税引後利益は法人税等の負担増で同 0.5%増の 2388億円にとどまった。
国内販売は自動車各社が同様に苦戦しており、4.9%減の36万8千台と通期予測82万5千台の42%にとどまった。上期には新型車の発売はなかったが、下期には六車種の新型車を投入する予定で通期の販売計画は確保するもよう。世界販売台数は「ムラーノ」の売れ行きが好調な北米での17%増やアジア諸国を中心とした販売増で、同8.8%増の159万6千台となった。再生されたニッサンが攻めの戦略を具現化し始めた。


 カルロス・ゴーン社長は中間決算発表の席上で、小型セダンの新型車「ティーダ・ラティオ」の発売を発表した。1960年代からの代表的ファミリーカー「サニー」の後継車だ。
同時に軽自動車分野での事業拡大にも言及し、三菱自動車との軽自動車分野での提携を示唆した。今年度通期の設備投資額はトヨタの半分弱ではあるが4800億円とし、ホンダの3400億円を大幅に上回る計画を立てている。
今年になり来年から北米でハイブリッド車を生産する事を発表。米国では中長期的に燃費規制が大幅に強化される見通しで、環境規制対応もあり、ハイブリッド車の投入で米大手との競争で一段と優位に立つ戦略である。日産がハイブリッド車の対象とするのは中型の北米向けセダン「アルティマ」。組立生産はアルティマを生産しているテネシー州かミシシッピ州での工場を想定している。エンジンと電気モーターを組み合わせた駆動部は、02年にトヨタと結んだ契約で、年間2万台程度の供給を受ける予定。
昨年暮れに鋼材の需給逼迫で減産を余儀なくされたが、海外の鉄鋼メーカーに調達先を拡大する事で乗り切ったようである。

 倒産の瀬戸際にあった日産の最大の問題点は多額の負債と本業の低迷であった。99年3月27日に仏ルノーと提携した。5月にルノーから5857億円の資本注入を受け、6月には経営の建て直しにルノーからカルロス・ゴーンが送り込まれた。ゴーンはフランスとブラジルの二重国籍を持ち、78年仏タイヤ・メーカーであるミシュランに入社。85年ブラジル・ミシュラン社長。89年北米ミシュラン社長。90年同社会長。96年仏ルノーに入社し、12月から上級副社長。99年日産自動車COO(最高執行経営者)に就任、00年6月に塙社長からバトンを引き継いだ。
ルノー時代に3年間で200億フラン(2880億円)のコスト削減をしたことで「コスト・カッター」と呼ばれたゴーンは、日産自動車関係者はもちろんのこと、自動車業界や日本の企業経営者を震撼させた「日産リバイバル・プラン」を99年10月18日に発表した。
衝撃的内容を整理して見た。業績不振理由と99年から02年の3年間の具体的施策である。
1)収益志向の不足
2)顧客志向の不足と同業他社の動向に過度にとらわれていたこと
3)部門、地域の横断的機能と階層を乗り越えた業務の不足
4)危機感の欠如
5)ビジョンや共通の長期的戦略が共有されていなかった
 〜販工場   7工場24プラットホーム → 4工場15プラットホーム
◆”品工場   4工場 → 2工場
 生産能力   240万台 → 165万台  稼働率 51.1% → 75.7%
ぁ/涌削減   14万8千人 → 2万1千人
ァ〕利子負債  1兆4千億円 → 7千億円
Αー莪会社数  1145社 → 600社
А々愬稟顱   20%カット
─(殕株式   1394社 → 4社
 黒字化    2000年度に達成
 売上高営業利益率    1.4% → 4.5%

 日産は計画より1年前倒しでリバイバル・プランを完了させ、過去最高の決算となった。
1999年度 連結売上高 5兆9771億円 営業利益 826億円 売上高営業利益率 1.4%
2001年度 連結売上高 6兆1962億円 営業利益4892億円 売上高営業利益率 7.9%
2002年5月9日に発表した新経営計画で新しく「日産180」目標を設定した。
\こθ稜筺   2001年実績260万台を100万台拡大
∀結営業利益率    8%に引き上げる 
自動車事業の有利子負債  0に圧縮する。   (注=数字のアンダーバー)
以前の日産は「売るものは何でも有るが、売れるものが無い」と言われるくらい商品力が弱かった。大幅な値引き販売をするためにブランド・イメージも次第に低下していった。
ゴーンは着任するにあたり日産を徹底的に調べ上げた。そして「日産の問題解決は日産社内にある」と結論づけた。リバイバル・プランを逆の角度から見るとマネジメントが機能していなかった事になる。経営トップが財界活動に汗を流し、官僚制が跋扈し、無責任体制がはびこっていた。「トヨタを見て車づくりをしている」と言われたり、「技術の日産」などと消費者を見ずに技術陣のマスターベーションで車づくりをしていた。
改革プランは日産車の価値を高めるブランド・アイディンティティとして「日産らしい車の開発」を位置づけた。小型車の「マーチ」「キューブ」や三列シートを搭載したミニミニバン「キューブ・キュービック」、マニアファンの多い「フェアレデイZ」、ワンボックス「エルグランド」などのヒット車を次々と生み出し、02年 1月には「アルティマ」が北米カーオブザイアーを受賞した。
ゴーンは社内で「その企業が本当にブランド力を確立しているならば、業績が短期間に急激に低下する事など無いはずである」と言った。そして「ブランドとは、かくあらねばならぬ という強い信念を持っているか」の考え方にあると言っている。




<< echirashi.com トップページ     << ビジネスコラムバックナンバー