ブランドに学ぶ 儲けを生みだすビジネス・コラム

桃太郎のビジネスコラム 341

☆ 闘う農家「新鮮組」☆

2011.02.08号  

 企業として農業に取り組み、農協(農業協同組合 通称JA)を脱会し、補助金にも頼らない経営者がいる。愛知県田原市にある有限会社・新鮮組を率いる岡本重明社長。会社とは云っても社員はパートを含めて5人で、個人経営の規模である。しかし、耕作面積は水田が100ヘクタール(8割は耕作請負)に、畑が3ヘクタールを切り回し、現在の売上高は1億2千万円。農産物売上の他に、農業資材の売上が3割を占めており、タイからの肥料や、中国メーカーと共同開発したトラクターの交換用爪を輸入販売している。岡本は1979年に県立成章高校卒業後、家業の岡本農園を継承。1993年に農業生産法人の有限会社・新鮮組を設立する。企業は利益を生み出すために、自由な発想と経営努力を積み重ねるが、そのような努力を農家にさせない農協の在り方に疑問を感じ、10年前に農協を脱会。農協は自立的な農家を助け、農業の発展に寄与する組織なら存在意義があるが、現在の農協はそのようになっていないと考えている。岡本が脱会したJA愛知みなみ(田原市)は取扱高が約500億円、組合員数は9000人の巨大組合で、組織率は100%に近い。脱会を決意したのは、農家のためになっていないとの怒りからであった。しかし、農協の販売ルートが無くなり、米問屋やスーパーなど独自の販売ルート開拓は、孤独で苦しい挑戦でもあった。各種補助金についても、返済の必要のない補助金に頼ると、効率性やコストの概念が無くなる事を危惧する。食料自給率向上の大義の下、競争力とやる気の無い小規模農家を温存するのか、やる気のある農家を育てて成長産業に転換させるのか、結論は明白である。そして、岡本は農業が利権や政争の具になっていることにも怒りを隠さない。

 岡本が企業経営として農業に取り組み、次の成長を期待するのが水耕栽培である。温室を使わず、自然環境を生かした路地栽培に近い水耕栽培を考えている。屋上緑化向けに開発した水を停滞させず、自在に排水させる技術で2005年に特許も取得。2008年には中国・山東省で、無農薬レタスの栽培実験を始め、半年後には現地の百貨店で販売を開始。レタスは中国の一般的な価格の10倍だが、売り切れる日もあるほど人気が高い。中国でも富裕層を中心に安全な野菜へのニーズが高まっており、焼き肉レストランからの引き合いもあるという。中国で高級スーパーを展開する大手企業からも、現地で栽培する商談が進んでいる。山口県宇部市の社会福祉法人から協力要請を受けて、宇部市に近い山陽小野田市に遊休農地を借りて水耕農場を設置し、知的障害者ら5人がネギを育てている。市場に出荷するようなネギ栽培は難しいが、老人ホームなどの給食センターに出荷して販路も開拓。一人月3万円程度の給与も支給している。障害等級2級の人は月に約6万6千円の障害基礎年金が受給できるが、生活保護の水準を下回る。その差を埋めて自活するには4万円程度が必要となるが、ネギの生産が安定すれば充分可能と考えている。岡本の地元である田原市でも、障害者雇用を支援するNPO法人が水耕栽培で野菜造りを始めている。出荷先は近隣の喫茶店やレストラン、道の駅など10箇所以上になる。農業を通じた人助けの輪もどんどんと広がりを見せている。

 1月21日、菅首相が議長を務める、食と農林漁業の再生実現会議で「農地を村全体で所有し、使いたい人が使える用にしたらどうか」と農地制度の見直しを提案。さらに「農地集約で大規模化する。こうした取り組みを広げれば、若い人達が参加する農業、豊かな農村生活が可能なのです」と発言。チョット聞いた耳には、成る程そのとおりでバラ色の農業・農村になる。だが、よくよく考えて見ると、総理大臣が日本の農業が抱えている問題を何も理解していないことを露呈したようなものだ。筆者は日本の農業が持つ歪みの原因は大きく分けて3つあると考えている。第一に政治家と農業ゼネコンの関係である。今年度の農業関連補助金は約1兆5千億円、自治体分や輸入農産物に掛かる関税、米のミニマムアクセスの費用などを併せると約5兆5千億円と見られている。2003年の米国通商代表部レポートでは、日本の補助金総額は農業産出額の59%に達し、農地1ヘクタール当り9709ドルと報告されている。農村では国道より立派な農道が整備され、農道の脇に花を植える「共同活動支援給付金」なるものが、来年度予算に227億円組まれている。「何だこれは・・」との感を否めない。農村では休耕田や耕作放棄地の横で、小さな田畑の区画や畦道の整備など土地改良事業、即ち「農地作り」が行なわれている。休耕を奨励しておいて、である。農村では農業土木事業を当て込んだ、土地改良建設業協会、土地改良測量設計技術協会などの業界団体が組織されている。これらの業界は農協と並ぶ選挙の有力集票マシーンとなり、その上部団体である全国土地改良事業団体連合会や、都道府県団体の会長には政治家が名を連ね、予算や補助金の獲得に奔走する。減反政策が始まってからも毎年5千億円規模の土地改良費をかけて農地整備をし、一方で減反補助金を2千億円も出している不思議。挙げ句の果てに、放棄地での草むしりや木の伐採に、耕作放棄地解消緊急対策として1700億円の補助金まで出している。農地を造成しては放棄させ、それを草むしりと土木工事で再生するというマッチポンプ政策。農業ゼネコンにとって、これほど美味しい公共事業はない。一昨年末、本年度予算編成の際に民主党幹事長が「無駄遣いだ」との一喝で、土地改良予算を7割カット(5770億円から2129億円)。陳情に訪れた元自民党大物幹事長であった全土連会長には逢いもしなかった。しかし、菅政権は昨年10月の補正予算で700億円を積みますトンチンカンぶりである。第二に小規模農家の問題がある。以前は専業農家と兼業農家という分類であったが、95年から変更された。農林水産省「世界農林業センサス(10年度版)」からの抜粋データによると、農地を所有する戸数は390万戸ある。そのうち「土地持ち非農家=農地を5アール以上所有し、農業販売額が年間15万円未満」が137万戸。「自給的農家=農地面積が10〜30アールで、農業販売額が年間15〜50万円」が90万戸。「副業的農家=農業所得が収入の半分以下、年間60日以上の就農なし」が88万戸。「準主業農家= 農業所得が収入の半分以下、年間60日以上の就農あり」が39万戸。「主業農家= 農業所得が収入の半分以上、年間60日以上の就農あり」が36万戸。まともな農業をしている農家は1割にも満たなく、作物を出荷しない農家が3割以上もいることになる。これはあくまで統計上の分類だが、土地持ち非農家であっても税法上は全て農家である。農家は税務署による所得税の捕捉率が低く、昔からトーゴーサンピン(給与所得者10割、自営業者5割、農家3割、政治家1割)とか、クロヨン(給与所得者9割、自営業者6割、農家4割)などと云われ、課税所得が曖昧になっている部分がある。水田耕作農家の平均農業所得は年間35万円で、こんな金額で生活できる筈がない。実際の副業的農家の平均年間所得は792万円で、米作主業農家の664万円より豊かである。農作物を家族で消費する自給的農家でも、自家で消費した分を売上に換算して経費と差し引きして赤字が出ると、本業での給与や年金所得と合算して税の還付を受けることができる。さらに、固定資産税や農地の取得税、相続税など様々な優遇税制に、減反補助金や転作奨励金まである。週末しか就農しない兼業農家の大部分は、手間の掛かる野菜よりも年一回収穫の米作を主体とする。本来、民主党の戸別所得補償制度は、主業農家に米を増産させて価格を下げて輸出産業に育生し、自由競争でコスト割れした分を税金で補填する制度だったはず。ところが、現政権の所得補償は生産数量(減反)を守る農家に交付金を払う制度に変質した。自民党時代の減反補助金引き上げと同じである。この結果、主業農家に土地を貸していた兼業農家が、補償金があるなら自家消費分は自分で耕作する方が有利なため、農地の貸し剥がし現象が起きている。この政策は農業の大規模化に逆行することになり、農業基盤を弱体化させている。土地改良事業では、灌漑(水路)や農道が整備され、農地の区画も整い何時でも宅地や商用地に転換できるほど、不動産としての価値が上がっている。観光名所の傍にある農地などは、貸し駐車場として営業しているのを見かける。政府が税金で田畑の価値を上げて呉れているのだ。小規模農家の大半は給与所得で生活し、農地がショッピングセンターにでも転売できるのを期待しながら片手間で農業を続けている。これだけ既得権益を与えれば農業としての所得は無くても、農家という看板だけは絶対に降ろさない。政治家は数の多い兼業農家を優遇した方が票に結びつく。これでは農地集約など出来る筈が無い。第三に農協の役割がある。主たる事業は農家の生産サポートや農産物の販売をする「販売事業」、組合員の資産を運用するJAバンクなどの「銀行事業」、組合員の生保や損保を扱う「共済事業」である。農協の設立趣旨は1948年に、農家の経済的自立と国家への経済的寄与であった。しかし、現在は収益の4割が銀行事業、5割が共済事業で、主たる目的の販売事業が1割である。JAバンクは組合員などから84兆円の預金を集め、23兆円を融資に廻し、余剰資金は都道府県の農業共同組合連合会を経由して農林中央金庫に預金される。農林中金は60兆円以上を運用する世界有数の機関投資家でもある。1995年の住専問題では経営悪化した住専が次々破綻したが、農協系の住専だけは税金で救済。リーマン・ショックでの巨額な含み損は、傘下の農協に増資負担をさせて乗り切った。農林中金の特別扱いは政治力にある。農協の政治団体「農政連」は、かつては自民党最大の支援組織であった。その集票マシーンとなり政治団体を支えているのが、片手間に農業をして優遇されている農家であり、政治家、農協、片手間農家の三つ巴で、もたれ合う構図である。主たる収入が給与所得である片手間農家は、種苗や農薬、肥料等は組合員勘定と云われる借り入れを起こし、収穫後の販売は農協ルート、その回収金で返済をしている。元手が要らずに農業経営をしていることになる。農業資材の価格が高くても、後払いができる農協から買った方が手っ取り早い。農協の営農指導ノウハウは、種苗や肥料、農機具メーカーの請け売りが多いと云われるが、米を主体とする単一作付けならなんとかなる。しかし、力のある専業農家では農協を経由すると、消費者の情報は入らない、農協流品質基準は押しつける、農業資材は価格が高いうえに融通が利かない等々、不満だらけである。牧場経営の経験がある山田正彦前農水相も「日本の農機具は韓国製の2倍。補助金が出るから高く売っているが、こうしたやり方は農家のためにならない。農協は農家の互助組織という原点に返るべき」と語っている。現在の農協は金融と選挙が主たる業務になっており、農業に寄与しない矛盾を露呈している。

 岡本は著書「農協との30年戦争」の中で、「農協こそが日本の農業を弱体化させた戦犯だ」としている。「農協が設立されて60年以上も経つのに、農家や農業ではなく、農協組織の発展だけを目指してきた」とも語る。田原市は菊の生産量日本一で、岡本も菊の栽培をしていた。「農協は品質基準を花の重さに求めている。しかし、市場のニーズが高いのは花や葉のバランスが整っていて日持ちの良い花」だと云う。農機具もメーカーから直接買えば値引き交渉も可能。「真面目にやっている農家は、みんな自立している。補助金がないと農業や農家を守れないと云うのは、予算と組織を守りたい農水省と農業団体の屁理屈だ」とまで言い切る。岡本は最近のインタビューで「なるべく高値で買ってくれる相手を自分で探し、米を収穫した後の水田で大根を作り、加工用に販売したりして工夫をしている。そんな当り前のコスト意識を持ち、消費者を意識すれば補助金無しでもやっていける」「政府や民主党には輸出時の検疫簡素化など、日本の農産物の国際競争力を高めるための外国との交渉や、農業への新規参入を拒む規制の緩和などに取り組んで貰いたい。危機感を煽るだけの議員や官僚、決断出来ない首相はいらない」と断言する。


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