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桃太郎のビジネスコラム 156

☆ 伊ファッション界の重鎮逝く ☆

6月18日、イタリアのファッション界の重鎮、ジャンフランコ・フェレ(Gianfranco Ferre)が、17日に脳内出血のためミラノ市内の、病院で亡くなったと報道された。
イタリアANSA通信によると、15日に不調を訴えたフェレは、サン・ラファエレ病院で集中治療を受けていたが、容体が急激に悪化し、医師らは現地時間 17日午後9時(日本
時間18日午前4時)に死亡を確認した。62歳の逝去であった。
同通信によると、フェレは過去2回にわたり脳卒中に襲われたが、医師の指示に従うこともなく危機を乗り越えてきた。また、恰幅のよいフェレは、糖尿病も患っていたが、糖分を控えることもなかったと云われる。
ジャンフランコ・フェレは第二次世界大戦中の、1944年8月15日にイタリアとスイスの国境に近いルガーノで生まれた。その後、ミラノ工業大学建築学科を卒業し、建築家の資格を持つ。アメリカの名建築家に因んで「イタリア・ファッション界のフランク・ロイド・ライト」(帝国ホテルの建設に関わった建築家。既号051:泊まりたいホテル)の名で親しまれるなど、常に建築とは近い位置にいた。大学卒業後に赴任したインドでは、東洋の文化に触れ、強く影響を受けた。

インドから帰国後の72年に、自らデザインしたアクセサリーを、女性の友人にプレゼントして大いに喜ばれた。これがきっかけとなり、デザインへの道を進み、宝石やベルトのデザインを手がけるようになった。74年にバイラでレデイス・ウェアーのデザインをして、初のプレタポルテ・コレクションを発表する。
インドで手工芸のトレーニングを積んだ3年間の経験は、エキゾチツクなスタイルと、色づかいの感性を磨き上げた。78年には自らの名を冠したブランドを立ち上げ、レディース・コレクションをミラノで発表した。82年にはメンズ・コレクションを発表し、84年には「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。それ以来、レディース部門で数々の国際的賞を受賞してきた。87年にはセカンド・ラインとして「シャンフランコ・フェレ・ ストゥーディオ」を発表する。
自身のブランドで活躍する傍ら、89年から96年の間はバリで、クリスチャン・ディオール(既号063:ディオールのシルエット)の、クリエイティブ・ディレクターを努める。独自の手法でディオールの伝統を、現代に甦らせたとして好評を博した。
90年にはフランスの「デ・ドール賞」を受賞する。 96年には惜しまれつつディオールの
デザイナーを、ジョン・ガリアーノに譲る。フェレは「クチュールはディオール以外では考えられない」と語り、それ以来クチュールには携わらなかった。

クリスチャン・ディオールは 05年に、フランスのノルマンディー地方グランビルに生
まれる。パリ・オートクチュール全盛期の先端を担い、一世を風靡した名デザイナーである。外交官のあと画商に転向したが、スケッチしたデザインがクチュリエに売れたことで、一転してファッションの世界に身を置くようになった。
木綿王のマルセル・ブサックが、リュシアン・ルロンのメゾンで働く、ディオールの才能に目をとめて、46年に独立を援助した。パリ・モンテーニュ通りに店を構えたディオールは、47年のS/Sコレクションでパリにデビューすることになった。
その後は次々と新しいシルエットを発表し、世界のファッション界に旋風を巻き起こした。
新しい手法も次々と生み出し、「流行の神様」と呼ばれ、現在も大きな影響を与えている。
57年、イタリアの湯治場モンティカティーニにて、心臓麻痺のため52歳の若さで急逝し、この年のS/Sコレクションが最後の仕事となった。ディオールは忙しい創作活動にありな
がら、イヴ・サンローラン、ピエール・カルダン、ギィ・ラロッシュ等の後進を育てた。
ディオールの死後、イヴ・サンローランが 21歳の若さで、チーフ・デザイナーに抜擢さ
れた。その後60年にマルク・ボアン、89年にジャンフランコ・フェレと引き継がれ、96
年のクリスチャン・ディオール創立 50周年を機に、ジョン・ガリアーノがクチュリエに
就任した。ガリアーノは過激で先鋭的なデザインで話題を集め、ブランド・イメージの若返りに成功させた。現在、クリスチャン・ディオールはLVモエ・ヘネシー・グループ
既号016:LVMH5の価値)に属している。

ジャンフランコ・フェレは切れ味鋭い服創りが、印象的なデザイナーである。キーコンセプトは「赤」と「革」である。とくに赤はジャンフランコ・フェレのシンボル・カラーである。学生時代に建築学を専攻していただけに、論理的な計算と素材の特性を活かした構築的なデザインを得意としていた。彼のデザインには、インドの滞在経験が有機的に融合され、論理的思考が優美で、独特の美学を醸し出している。
フェレは「男性や女性を飾り付けるとき、ライン・ボリューム・プロポーションについて考えなければならない。これは空間を飾り付ける時と同じである。建築家からファッション・デザイナーになって変わったことは、デザインの対象が動く動物である人間になっただけ」と語り、自らのデザインについては「知的で、自由で、そして芯が強く、情熱的で、強固な精神を持つ女性のためにデザインしている。エレガンスとは、非常に誘惑的な性格を持ち合わせていることです」と語っている。
イギリスのファッション・ジャーナリストであるコリン・マクエルは、「フェレの作品には彫刻的な美の力がある。彼のデザインが創るシルエットは、強力なメッセージを持っている。作品は論理的に完璧で、まるで工学の方程式のようだった」と語ったと云う。
グラフィック・デザイン、力強いフォルム、大胆な色遣い、複雑な折り目、プリーツ、レイヤリングといった独自の手法を活かしたフェレは、ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani 既号131:モードの帝王)やジャンニ・ベルサーチ(Gianni Versace 既号134:連続殺人魔とベルサーチ)と共に、イタリアを代表するデザイナーとなり、「ミラノの3G」と呼ばれていた。97年にベルサーチが射殺された後、イタリア・ファッション界の重鎮として、アルマーニと共に世界のファッション界を牽引していた。
ジャンフランコ・フェレの作品は、品質的には非常に優れているが、個々の商品の価格も品質に相応しい値付けになっている。我が身をコーディネートするときに、彼の作品で必要なアイテムを全て揃えるには、少なくても一般人には難しいかも知れない。敢えて自分がオシャレで、上流社会の人間であることをアピールしたい人は、全身を彼の作品でコーディネートしてみては如何だろうか。

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