ブランドに学ぶ 儲けを生みだすビジネス・コラム

桃太郎のビジネスコラム 316

☆ オーダーメイドシャツの老舗☆

2010.08.11号  

 ノルマンディーはフランス北西部にある地方で、イギリスとの海峡(最峡部がドーバー海峡)に面している。フランス王政時代には州であったが、1789年7月のフランス革命によって西部の3県と東部の2県を合わせて、オート・ノルマンディー地域圏が設置された。1938年、この地にオーダーメイドシャツの老舗「リスト・ルージュ」が創業。やがて、パリに進出し、一時はヴァンドーム広場の一角に店舗を構えていたが、1998年になってフォーブル・サントノレ通りに本店を移転する。現在では世界屈指の高級ブティック街として知られる地に、洒落た旗艦店を構えている。フランスのオーダーメイドシャツと云えば、シャルベやランバン(既号87.母と娘のブランド)が有名だが、リスト・ルージュの顧客には医者や弁護士などエグゼクティブな顧客が多く、知る人ぞ知る最高級ブランドである。シュミジェ(シャツ仕立職人)の高度な伝統技術によるフルオーダーメイドシャツは、半世紀以上に亘りフランスの上流階級層やヨーロッパのシャツ愛好家より絶賛されている。遊び心や季節感のある生地や、ヨーロッパ最高級の生地を豊富に取り揃えており、フランスの老舗ブランドならではの特徴がある。仕立はディテールに至るまでのこだわりと、オリジナリティーを持ち、フランスのエスプリ漂う大人の装いを世界に発信し続けている。

 リスト・ルージュでは受注を、メールオーダーシステムで受け付けている。一般にはシャツをオーダーする場合、お店に行って採寸して貰い、好きな生地を選び、好きなデザインを誂えて貰う。しかし、リスト・ルージュが1976年から開始したメールオーダーシステムでは、自分で採寸したデータを元に、仕立てて貰うのが基本となっている。ヨーロッパの厳選された高級生地を、200から250種類掲載した「生地コレクションカタログ」を年二回発表し、随時貸し出しを行っている。このカタログを取り寄せると、本物の生地と同じ見本が貼ってあり、それぞれに価格も書かれている。採寸方法はイラスト入りで、詳しい説明が載っているので、それに従って採寸。採寸に自信のない人は、自分のお気に入りのシャツを見本に送れば、それを元に型紙を起こすことも可能。その見本はノルマンディーにあるアトリエに届き、シュミジェが型紙を忠実に再生。見本のシャツは出来上がったオーダーメイドシャツと共に返送される。採寸に自信が無く、見本になるようなシャツが無い顧客の場合、東京近郊なら港区麻布台(1-6-13バーズアイ麻布台7F 03-3582-7462)にあるショールームで、採寸して注文することができる。また、生地やデザインの選び方も相談にのってくれる。但し、完全予約制となっているので、電話かネットで問い合わせると良いだろう。本場フランスのシュミジェによるフルオーダーメイドシャツを、日本に居ながら堪能する贅沢を味わうのも粋なお洒落である。

 ノルマンディーは第二次世界大戦末期、連合軍による上陸作戦の舞台となった場所として有名である。1962年に20世紀FOXが配給した「史上最大の作戦」は、連合軍側の徹底的勝利となったノルマンディーでの攻防戦を描いた映画で、世界的なヒット作となった。出演者はアメリカ側からジョン・ウェイン、ヘンリー・フォンダ、ロバート・ミッチャム、メル・フェラー(既号116.スクリーンの妖精と衣裳)、リチャード・ベイマー。イギリス側からリチャード・バートン、ピーター・ロフォード、ショーンコネリー(既号231.企業のトップが持つ時計)。フランス側からジャン・ルイ・バロー、フランソワーズ・ロゼエ。ドイツ側からクルト・ユンゲルス、ウェルナー・ハインツなどが出演。音楽はモーリス・ジャールが担当。主題歌を作曲したポール・アンカも役者として出演している。『1944年6月4日未明、ドイツ軍司令官ロンメル元帥は家族の許へ帰ろうとしていた。連合軍が侵攻してくると考えていたが、完璧な防御に加えて、この数週間は悪天候だった。南部イングランドで300万人近い連合軍を指揮するアイゼンハワー最高司令官は上陸作戦の決行日D・DAYを決定しようとしていた。遅い月の出と夜明け直後の干潮という絶好条件が揃うのは6月5日から7日の三日間しかなく、それを逃せば7月まで待たなくてはならなかった。最高首脳部会議は気象部員からの詳細な報告を元に、6日をD・DAYと最終決定。フランスのレジスタンス向けの暗号は盗聴されたが、上陸作戦の開始を告げるヴェルレーヌの「秋の歌」は解読されなかった。5000隻からなる大船団はノルマンディーへ南下し、午前零時15分に米軍空挺部隊の降下から作戦の火ぶたは切られた。5時30分の海上からの攻撃開始を、ドイツ軍総司令部が知ったのは僅か30分前であった。情婦エバァの側にあったヒトラーや、ヘルリンゲンの自宅にいたロンメルに、知らせが届いた時には5時間も経っていた。防御陣地は判断を誤った作戦会議のため、殆ど無用の長物と化した。激浪に苦しめられた連合軍を、海辺に釘付けにして多大な損害を与えたとは云え、物量を誇る連合軍の上陸船艇はノルマンディーの海を覆い、部隊は内陸深く侵攻した。「上陸作戦の最初の24時間は決定的なものになるだろう。この日こそ、連合軍にとつても、我々にとっても一番長い日になるだろう」と、ロンメル元帥に予言させていたD・DAYは、史上最大の作戦を持った連合軍の圧倒的勝利に終わり、ナチス・ドイツが崩壊する運命の日となった。(アメリカ版タイトル= The Longest Day)』ドワイト・デービット・アイゼンハワーは、時の第32代大統領フランクリン・ルーズベルト〔第26代大統領セオドア・ルーズベルトの従弟 (既号46.シュタイフのテディ・ベア) 〕の信頼も厚く、ヨーロッパ戦線では連合軍450万人の最高司令官となり、大戦終結後の第33代大統領トルーマンの時に、北大西洋条約機構軍(NATO)の最高司令官となる。その後、大統領選のために退役し、共和党から出馬して第34代大統領となる。終戦後に日本に赴任した連合軍司令官ダグラス・マッカーサー(既号62.マッカーサーのサングラス)とは、ウェストポイント陸軍士官学校の同窓生である。ポール・アンカが作曲したオリジナル・サウンド・トラック盤「史上最大の作戦マーチ」は日本でも大ヒット。演奏は映画「戦場にかける橋」のサウンド・トラック盤「クワイ河マーチ」などでも知られた指揮者兼プロデューサーの、ミッチ・ミラーが率いる楽団と合唱団だった。フランク・シナトラ(既号212.アメリカン・トラディショナル)に「お金を払ってまで聴きたいと思うのは彼だけだ」と言わしめたトニー・ベネットや、「ケ・セラ・セラ」でアカデミー歌曲賞を受賞したドリス・デイらの売り出しにも尽力。日本でもNHK総合テレビ「ミッチと歌おう」などのテレビ番組が放映され、「ヒゲのおじさん」として親しまれた。ミッチ・ミラーは7月31日、ニューヨークで老衰のため享年99歳で他界した。この映画が公開された1960年代前半、日本では終戦後の復興と高度経済成長で、戦争映画を娯楽として楽しむ平和な時代となり、団塊の世代は青春を謳歌していた。しかし、更に振り返ってみると、日本軍が1941年12月8日に真珠湾を攻撃(既号237.海外旅行人気NO1の島 )して米英に宣戦。太平洋戦争に突入するも1945年に米空軍からの原爆投下によって降伏。この大戦が終結して65年の歳月が流れた。戦争の傷が風化しつつあるとは言え、今年も長崎や広島で慰霊祭がおこなわれる。寂寥の感を拭えない8月である。

 リスト・ルージュのカタログには、襟型は18型、カフスは11型、裾のデザインは4種類、それに前立ての有無や後身頃のプリーツも選べる。カタログに載っていない襟型でも、参考になる物があれば作ってくれる。オプションで別料金になるが、イニシャルは今時珍しい手刺繍で入れてくれる。全てのシャツはシングルニードル縫製(巻伏せ本縫い)によって仕立てられる。この縫製は最高級のシャツに採用されることが多く、細部にわたり縫い目もきれいで丈夫な仕上がりが特徴となっている。襟の芯の硬さ、フラシ芯と接着芯などは、襟型や生地などを考慮して選べる。ボタンは天然貝で白、黒、紺、赤、それにグレーなどが揃っている。カジュアル好きの顧客には角ボタンも用意されているという。袖と身頃を別々に作ってから縫製する袖付けも、相談可能とのことだが、生地やデザインによっては難しい場合もあるので、詳しくは要相談とのこと。このような要望をする顧客が世界中にいるが、縫製はノルマンディーのアトリエでしか行っていない。しかも、シュミジェは僅か15名ほどしか居ないという。大量生産ではなく、ライセンス生産もしていないため、本当の手作りで一枚一枚仕上げていく、メイドインフランスの逸品である。


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