ブランドに学ぶ 儲けを生みだすビジネス・コラム

桃太郎のビジネスコラム 244

☆ アパレルブランドの倒産☆

2009.03.18号  

 アパレルメーカーの業態は、メーカーとは云うものの自社で生産しない会社が多い。自社で商品企画をたて、布地をテキスタイル会社に発注し、縫製は中小会社や中国などの会社に下請けさせ、それを買い取って小売店に卸す卸売業に近い形態が多い。海外有名ブランドとのライセンス契約により、自社で行うべき商品企画を、海外ブランドに任せ、国内で製造の手配をおこなって、それを卸販売する場合もある。ライセンス商品は繊維製品商社や総合商社の繊維部門が輸入販売していたが、現在ではアパレルやテキスタイルメーカー、素材メーカー等が子会社を介して取り組んでいる場合も多い。テキスタイルや素材メーカーの場合は、業態としては製造業に分類される。ユニクロなどは企画・製造・小売をしていても小売業に分類されている。アパレルメーカーは製造・卸し・小売の機能を持っているため、統計的にトレンドを把握するには非常に難しい業界であると云える。1970年代のアパレル業界は、百貨店や専門店への卸売が主体であった。百貨店や専門店での売れ残り在庫は返品される商習慣となっており、アパレルメーカーは返品リスクを、卸売価格に上乗せすることで回避していた。この頃はレナウンがトップ企業として業界をリード。それにオンワード樫山(既号158.世界ブランドの構築)、イトキン、ワールド(既号76.業態転換)、三陽商会などが続いていた。1980年代になると、少人数の企画によるマンションアパレルと呼ばれる業態がブームとなった。DC(デザイナー・キャラクター)と云って、個人デザイナー名を前面に出し、デザインの多様性や個性を重視した商品は、瞬く間に消費者に受け入れられた。少量生産による直接販売は在庫リスクも少なく、パルコなどのファッション・ビルへの直接出店、商品知識が豊富な社員による直接販売などが、従来の販売手法と大きく異なった。1990年代はDCブランドが増加し、有名ブランドも廉価版の派生ブランドを誕生させ、幅広い消費者をターゲットにした。DCブームを見逃せなくなった百貨店は、テナントとしてDCブランドを取り込む。DCブランドは原宿や青山といったファッション街で、本社を兼ねた路面店へ進出。しかし、バブルの崩壊もあり新興DCブランドの数多くが倒産。一方では情報手段の発達により、SPAと云う業態を取り入れた企業が台頭するようになった。売り場での売れ筋情報に従った商品企画・製造・販売により、在庫リスクと欠品による損失機会を同時に最小限にしたが、企業体力が無ければ取り組めない業態でもある。

 オンワード樫山やワールドなどの大手アパレルメーカーは、このSPA業態に着目し、自社開発ブランドを立ち上げる。やがて、SPAを最初に提唱したGAP(既号243.世界一のカジュアルブランド)が乗り込んできた。また、ユニクロ(既号161.世界ブランド「ユニクロ」)や無印良品など、ファミリーをターゲットとした低価格帯の専門店が台頭。バブル崩壊後は衣服にお金を掛けない消費者が増える一方、海外高級ブランドは好調に推移し、消費の二極化が進む。高級志向を取り入れたセレクトショップも勢いを増す。SPAを展開できなかった従来の専門店は、商品力とスピードで遅れを取り苦しい展開となった。銀座セキネやコペンマツオカを始め、地方の小規模専門店も数多く倒産した。2000年代に入り、SPA展開に後れたレナウンや東京スタイル、三陽商会などは苦戦しながらも、強い基礎体力で懸命に巻き返しを図る。大手アパレルメーカーの業績は、個別では差があるもののトータルでは上向くようになった。上場アパレル8社(オンワード、ワールド、レナウン/ダーバン(既号81.フランス語のCM効果)、三陽商会、東京スタイル、レナウンルック(既号192.復活なるか!イエイエ娘)、サンエーインターナショナル)は概ね好調に推移。非上場のイトキンやファイブフォックス、それに独自展開のユニクロを加えると、大手のシェアーはマーケット全体の17%に拡大。残された中小アパレルメーカーは激戦に疲弊し、縮小するマーケットの中で、存亡の岐路に立たされてしまった。

 2000年代になって、高級衣料や宝飾品を扱っていたエスアンドディーが負債860億円で特別清算。そごうやマイカル、紳士服小売チェーンのはるやまなど、大型小売店が相次いで倒産。テキスタイルの筑紫紡績は、関連会社も含めると約2500億円の負債で倒産。さらに、足袋や肌着で有名な福助が約400億円、卸売業のライカは約600億円の負債で倒産するなど大型倒産が続いた。地方ではシャッターの閉まったアパレル店舗が続出する。昨年、米国の金融危機から発生した世界同時不況も、アパレル業界を直撃。今年2月16日には、メンズのゴールデンベア・ブランドで知られる小杉産業が、約98億円の負債で東京地裁に自己破産申請。レディースではマリサ・クリスティーナを中核ブランドに、カジュアルウェアーやスポーツウェアーを主体としたアイテムを展開していた。小杉産業は1883年創業で、126年も続いた老舗で東証2部上場の企業であった。同月26日にはトミヤアパレルが、約123億円の負債を抱えて会社更生法適用を申請。トミヤアパレルはメンズ・ドレスシャツの企画・製造・販売業者としては最大手であり、1925年創業の老舗、大証2部上場企業でもあった。上場企業の倒産は、今年になって11社目、2008年度としては42社目である。さらに、翌27日には婦人子供服が有名で、オリーブ・デ・オリーブというブランドを展開していた京都の、もくもくは京都地裁に民事再生法の適用を申請。財産保全命令を受けた。負債は160億円で、支援企業を探して経営再建を目指すという。

 2月26日には海の向こうから明るい話題が入ってきた。昨年6月に死去したフランスの世界的デザイナー、イヴ・サンローラン(既号176.C・ドヌーブをイメージ)の遺産競売が行われた。競売会社クリスティーズは、落札総額が約463億円であったと発表。競売にはピカソやマチスらの絵画作品のほかに、ブランクーシの彫刻やアール・デコの装飾品など計700余点が出品された。個人コレクターの収集品競売としては、過去最高額だったという。サンローランのパートナーであり、今回の出品者であるデザイナーのピエール・ベルジェは、売却によって得た収入をエイズ医療の研究など、人道目的の基金創設に使うと発表。洋の東西を問わず不況時の競売は、低調なのが当たり前である。世界同時不況の中、落札総額が過去最高額との報に、安堵した人も多かったであろう。しかし、アパレル業界では、その安堵も束の間で、28日にはイタリアの高級ファッションブランド、ジャンフランコ・フェレ(既号156.伊ファッション界の重鎮逝く)を所有するITホールディングが、イタリア政府に破産手続きを申請。負債総額は不明だが、世界的な経済危機の影響で経営が行き詰まった。スカヨラ経済発展相が管財人を選任し、事業継続の可能性を探っている。同ブランドはデザイナーの故ジャンフランコ・フェレが創設。2002年にITホールディングが買収した。ジャンフランコ・フェレは、ジャンニ・ベルサーチ(既号134.連続殺人魔とベルサーチ)や、ジョルジオ・アルマーニ(既号131.モードの帝王)と共に、ミラノの3Gと呼ばれ、クリスチァン・ディオール(既号63.ディオールのシルエット)のデザイナーも歴任したファッション界の重鎮であった。世界的に有名な高級ブランドも倒産するご時世である。100年に一度と言われる世界不況は日本経済も直撃。国内ではアパレル企業だけでなく、マンションや不動産業者も倒産続出。百貨店や大手スーパーなどの流通業界は再々編必至。自動車業界は大幅減産、電気業界は赤字決算続出。金融機関は増資や公的資金導入などで資本増強に走っている。振り返って見ると、何年か前にIT企業の社長が絶頂期に、所有株の株価上昇をテコに、放送会社の買収に乗り出したが、証券取引法違反で逮捕される。ファンド会社の社長は上手の手から水がこぼれ、インサイダー容疑で逮捕された。共に若くして数千億円の資金を動かす成功者であった。しかし、成功の報酬を得た後、その成功によって復讐された。私たちは石炭を手にして産業革命を興し、石油を手にしてより快適な生活を手に入れた。私たちはあらゆる生物の中で、最も成功した生物である。しかし、全てにもっともっとと云う欲求は、マーケットにおける優勝劣敗を意味する。世界に多くの餓死者がいても、エネルギーの代替として、大量のトウモロコシを買って金儲けに走る。私たちの都合だけで世界の森林を伐採し、二酸化炭素を大量に放出し、地球環境の悪化を進めた。古代ギリシャや古代ローマは、木を切り尽くしたために文明が崩壊したと云う。私たちは急ぎすぎていないだろうか。利に走って利に倒れることはないだろうか。自然の摂理に復讐されることはないだろうか。激戦の果てに倒産した企業を思うと、そんなことを考えてしまうのだが・・・。


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