ブランドに学ぶ 儲けを生みだすビジネス・コラム

桃太郎のビジネスコラム 311

☆ 若い世代に絶大な人気☆

2010.07.07号  

 「マーク・ジェイコブス」はアメリカのアパレルブランドである。日本に上陸した当時は、業界人やファッショニスタと呼ばれるオシャレ好きな一部の人達の間では話題になっていたが、広く一般の女性にまで認知されているとは言い難い状況であった。しかし、現在では若い世代には絶大な人気を誇り、常にファッション界をリードする存在にまで成長した。マーク・ジェイコブスは1963年にニューヨークで生まれた。1981年にハイスクール・オブ・アートデザインに入学し、在学中から働いていた。卒業後はパーソンズ・スクール・オブ・デザインに入学。此所でも在学中は自身で作ったハンドニットのセーターをブティックに売るなど、ビジネスとしての修行もする。卒業後の1986年に自らの名を冠したブランド「マーク・ジェイコブス MARK JACOBS」をスタートし、初のコレクションを開催。翌年には米国ファッションデザイナー協議会(CFDA)より、新人賞にあたる「ペリー・エリス賞」を最年少で受賞。その後もCFDAの「ウィメンズ・デザイナー・オブ・ジ・イヤー」を2度受賞する。1988年にパーソンズ・スクール・オブ・デザインを卒業し、ニュークラッシック(新古典)を確立したと云われるペリー・エリスに入る。若くして後継デザイナーとなり、レディース・スポーツウェアのデザインを監修するようになった。この時期には低迷していたグッチ(既号127.ブランド商品の元祖)を再建したトム・フォードも、ペリー・エリスに在籍していた。ペリー・エリスでは前進的なコレクションが好評を博したが、保守的なエリスの顧客には受け入れられず、契約中に解雇される。1994年にニューヨーク・コレクションにデビューし、2年後にはセカンドライン「マーク・ジェイコブス・ルック」をスタート。1997年にプレタポルテに参入することを計画していたルイ・ヴィトン(既号16.LVMHの5バリュー)に、アーティステック・ディレクターとして抜擢される。レディース・メンズウェア、アクセサリー全般を監修。1998年A/Wよりパリ・プレタポルテ・コレクションで、ルイ・ヴィトンのレディース・コレクションラインを発表。最高に贅沢な素材を使用し、上品で精妙、シンプルなデザインを発表して絶賛を浴びる。

 ルイ・ヴィトンではマーク・ジェイコブスが、老舗バッグブランドから一流のファッションブランドに成長する原動力となった。ルイ・ヴィトンの売上高は大幅に増加し、ファッションブランドとして絶対的な地位を築くことに貢献。メンズラインは2000年よりスタート。2001年S/Sより「マーク・バイ・マーク・ジェイコブス」をスタート。ヴィトンの親会社であるLVMH(既号203.熟成を待つ一億本)が資本参加したことで、「マーク・ジェイコブス」ブランドは世界的に拡大。2005年にCFDAから「アクセサリー・デザイナー・オブ・ジ・イヤー」を授与される。また、この年からキッズブランド「リトル・マーク」をスタートさせる。その後もフォッシルとライセンス契約を締結し時計ラインを発表。ウォーターフォードともライセンス契約で「マーク・ジェイコブス・ウォーターフォード」を発表。ザニエとも契約締結し、リトル・マークを拡大して再スタートする。2007年7月、東京・原宿にマーク・バイ・マーク・ジェイコブスの旗艦店をオープン。総売場面積は約450屐レディースウェアとメンズウェアのコレクションライン、アクセサリー、キッズラインのリトル・マーク、フレグランス、アメリカ限定アイテムを揃える日本最大の旗艦店である。2009年7月には住友商事と折半投資でマーク・ジェイコブス・ジャパンを設立。今年の2月にはベビー・ラブズ・ディスコ・ジャパンとコラボレートし、東京・六本木でリトル・マーク・ジェイコブスとのコラボレート・イベントを開催した。

 高級ブランドと云えば、エルメス(既号220.御すのはお客様)やルイ・ヴィトン、シャネル(既号261.アトリエ開設100年のブーム)などの、ラグジュワリー・ブランドをイメージする人が多いことだろう。それにドルチェ&ガッバーナ(既号184.マドンナのお気に入り)やヴィヴィアン・ウエストウッド(既号152.パンクの女王)など、若者達が憧れるデザイナーズ・ブランドを思い起こす人もいるだろう。ラグジュワリーとデザイナーズのブランドに、明確な区分けがあるわけではなく、商品力も充分である。マーク・ジェイコブスがルイ・ヴィトンに抜擢されたように、日本でもファンが多いジャン・ポール・ゴルチェ(既号265.超売れっ子デザイナー)は、オートクチュールとプレタポルテのコレクションで成功を収めたことで、2010年A/Wまでエルメスのブランドを任されていた。「プレタポルテの寵児」として注目を集めたスーパー・デザイナーのカール・ラガーフェルドは自身のブランドと、シャネルやフェンディ(既号163.3世代で育てた世界ブランド)、それにクロエ(既号164.ブランド名はバレエ組曲から)のデザインも並行して活動していた事がある。本人は「あと10ブランドくらい並行して引き受けても、全部違う顔を見せる事ができる」と豪語していたそうだ。しかし、顧客側からのイメージからすると、ラグジュワリー・ブランドと呼ばれるブランドには、長い歴史で勝ち得た品質に対する信頼、デザインや技術と言った裏付けがある。これに対してデザイナーズ・ブランドは比較的歴史が浅いため、デザイナー自身がまだ現役で活動している場合も多い。顧客イメージが今ひとつ確立していない違いもあり、ラグジュワリー・ブランドと呼ばれる途上にあると云えるだろう。ラグジュワリー・ブランドには創業デザイナーが他界している場合も多く、長い歴史の積み重ねだけでなく、ブランドとして顧客の信頼を裏切らないためのコストも莫大である。その分だけ高い値付けが可能だが、それだけでビジネスとして成功する保証は何処にも無いのである。ブランドにとって重要な戦略は、露出度と売り上げのバランスであるが、フォーエバー21(既号251.激戦区に殴り込み)やユニクロ(既号161.世界ブランド「ユニクロ」)のようにマスをターゲットとする戦略とは一線を画さなければならない。出来るだけ多くの人にブランドイメージを浸透させる必要があり、一方ではブランドイメージに拘り過ぎると機会は限られてしまう。テレビのような影響力の大きい媒体は、一度の失敗でブランドイメージを毀損する危険性もある。高級感を保ちつつ露出回数を増やす広告宣伝も、非常に神経の使う戦略が強いられている。そこで高級ブランドとしては「ファーストライン」「セカンドライン」を設けて、相乗効果を図る動きが目立っている。クロエとシーバイクロエ、ダナ・キャラン(既号215.ダナ・キャランと日本資本)とダナ・キャラン・ニューヨークなど多くのブランドが取っている戦略である。簡単に言うと、ファーストラインはデザインや品質に拘っていて価格も高めの設定。セカンドラインはファーストラインのエッセンスを取り入れて、押さえた価格帯にする。ファーストラインでブランドイメージを構築し、セカンドラインも含めてビジネスとしての収益を確保する戦略である。

 マーク・ジェイコブスもファーストラインの「マーク・ジェイコブス」と、セカンドラインの「マーク・バイ・マーク・ジェイコブス」を展開。世界中で紹介されるファーストラインには、メディアも注目して人気が集中する。そこでは憧れのブランドイメージを構築し、誰にでも手が届かないように思わせる。そうすることでメディアへの露出は圧倒的にファーストラインになる。しかし、実際に売れているのはセカンドラインの方である。ファーストラインに憧れても、実際に購入出来る価格帯ではない。一方で、セカンドラインでも充分に満足出来るレベルに達していると顧客が判断すれば、安い方を買うのが道理である。こうしてファーストラインが注目を集めると、セカンドラインが売れる。セカンドラインもメディアの露出が増える。デザイナーの認知度が高まる。こんな相乗効果が好循環で回り出すと、ブランドの勢いは世界中で広がりを見せるようになる。今年のルイ・ヴィトンの秋服コレクションを演出したマーク・ジェイコブスは、居並ぶファンや業界関係者から喝采を浴びていた。その中に「ファッション界の法王」と呼ばれるLVMHグループのチェアマン、ベルナール・アルノーも最前列に座り、満足そうに拍手を送っていた。まさに破竹の勢いのマーク・ジェイコブスであるが、2008年にファッション週刊誌WWDのインタビューに応じた時に「ブランド設立後20年も赤字で、利益が出たのは最近の5年」と答えている。資金難で苦しい時には、日本のルックなども出資して応援していたようである。まさに雌伏の後に百花繚乱となるサクセス・ストーリーである。


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